【本紹介】ホロビオントを学ぼう|共生生命体の30億年
目次
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生命とは何か。進化とは何か。
ども。Dadです。
今回読んだのは、リン・マーギュリスの『共生生命体の30億年』。パーマカルチャーを学ぶ中で参加している、ホロビオントの勉強会がきっかけでした。
僕の半生で、このような科学的な著書を、自ら進んで手に取ることはない貴重な機会。
最初に浮かんだのは、とても大きな問いです。
正直に言うと、読み始めた時点では、そもそもの通説もよく分かっていませんでした。
文章を追っていても、頭の中にうまく像が結ばれない。けれど、勉強会のメンバーの解説を聞きながら読み進めるうちに、少しずつ書かれていることの輪郭が見えるようになっていきました。
ホロビオントという見方
この本を読む中で、僕はホロビオントを「ひとつの生命体を、単独の個体としてではなく、共生する微生物なども含めたまとまりとして捉える考え方」だと理解しました。
もちろん、僕は専門家ではありません。ここに書くのは、勉強会で教えてもらいながら本を読んだ、一人の読者としての受け取り方です。
それでも印象に残ったのは、生命を「ひとりで完結しているもの」と考えない視点でした。目に見える身体だけでなく、そこに共にいる微生物や、長い時間をかけて積み重なった関係まで含めて生命を見る。
自分の身体でさえ、自分だけのものではないのかもしれない。そんな感覚が、少しずつ近づいてきました。
進化は、どこかへ向かう計画ではない
本書を読みながら、生命の歴史は、未来に向かって一直線に進む物語ではないのだと感じました。
たまたま隣にいたものが関わり合い、動き回るうちに融合し、環境の中でその時々に変化していく。生き残るために最初から用意された設計図があるというより、存在し続ける過程で、偶然性や関係が重なっていく。
「進化」という言葉には、つい成長や改善のイメージがつきまといます。でも、僕がこの本から受け取ったのは、置かれた環境に対応しようとして“変化”し、その変化の連続が長い時間の中で“進化”と呼ばれる形になっていった、という見方でした。
成長や生殖を続ける中で選択圧が生まれる。そこで残った変化を、あとから僕たちは進化と呼んでいるのかもしれません。
科学者も、感情を持つ人間だった
もうひとつ意外だったのは、科学的な議論の中にある人間らしさです。
他の科学者からの批判と、それに対する自身の正当性の説明。真実や真理を追い求めるのが科学者の根幹だとしても、否定されたくない、認められたいという感情から完全に自由ではないのだと思います。
難しい理論の本を読んでいるはずなのに、そこには研究者同士の競争や苛立ちも見えてくる。科学が無機質な答えの集まりではなく、人間の営みでもあることが少し身近に感じられました。
勉強会があったから、読み進められた

ひとりで読んでいたら、途中で閉じていたと思います。
分からない言葉が出てきたときに、勉強会のメンバーが別の言葉で説明してくれる。自分の理解がずれているときは、話しながら少しずつ修正できる。知識がある人の解説を聞くことで、本の文章がただの文字列ではなく、考えるための材料に変わっていきました。
「まったく理解できない」と感じた本を、最後まで読み進められたのは、ひとりで分かろうとしなかったからです。
パーマカルチャーとの接点
パーマカルチャーを学んでいると、土や植物、人間、微生物を切り離して考えることの難しさに気づきます。
畑をつくるときも、作物だけを見ていては足りない。土の中の微生物、水の流れ、虫、周囲の植物、人の手入れ。いくつもの関係が重なって、ひとつの環境が成り立っています。
『共生生命体の30億年』を読んだことで、パーマカルチャーで学んでいる「関係性を感じる」という体感が、生命の歴史にもつながっているように思えました。
分からないまま読む価値
読み終えても、生命や進化を説明できるようになったわけではありません。
ただ、分からないからといって、自分には関係のない世界だと閉じなくてもいい。解説してくれる人と一緒に読み、分からないところを分からないまま持ち寄ることで、少しずつ考えられるようになる。
この本は、僕にとって「知識を得た本」というより、「生命を個体ではなく関係として見る入り口」になりました。
科学の本を普段あまり読まない人にも、すぐに理解することを目標にせず、誰かと話しながら手に取ってみる読み方があると伝えたいです。
ではまた。

