ズートピア2を末娘と鑑賞~理想郷(ユートピア)の裏に潜む「問い」~
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可愛らしい動物たちの冒険の裏側には、驚くほど鋭い「現代社会への警告」が隠されていました

ども。
今日も暮らしかた探求中Dadです。
今回は、クリスマスイヴが誕生日という末娘のリクエストで『ズートピア2』を映画館へ観に行ってきました。この作品は単なる子ども向けのエンターテインメントではありませんでした。スクリーンに映し出されていたのは、僕たちが生きる現代社会が抱える「課題」や「問い」を、動物たちの世界に置き換えて描いた、非常に重厚な社会派ストーリーだったのです。親子でワクワクしながらも、観終わった後は、今の暮らしを問い直されるような重厚感がありました。
メディアと権力の構造を知る大人にこそ、この風刺は深く刺さります
なぜこれほどまでに僕の心が揺さぶられたのか。それは、作中で描かれるテーマが「現代社会の病理」そのものだったからです。大衆を先導するメディア操作、権力の糸で操られる政治家、都合の悪い真実を覆い隠す歴史の隠ぺい……。これらは決してファンタジーの中だけの話ではありません。超資本主義と呼ばれる現代社会において、僕たちが「ユートピア(理想郷)」だと思い込まされているものの正体を、映画は非常に知的なアプローチで問題提起していたのです。

奮発した特別席で味わった、華やかな映像と重厚なテーマの対比
当日の朝、チケットを予約しようとしたところから僕の奮闘は始まりました。小学校は中学校よりも冬休みが早く、完全に油断していたのですが、最寄りの映画館はどこも隣に並んで座れる席がありません。「ズートピアの人気恐るべし……」と焦る中でようやく確保できたのが、通常のシアターより600円高い「Dolby Cinema」という最新設備のシアターでした。娘の誕生日祝いだし奮発するか!と、半ば自分に言い聞かせながら予約を済ませました。
末娘と二人きりで出かけるのは久しぶりです。ポップコーンとジュースを買い込み、いざ席に着くと、Dolbyならではの圧倒的な没入感で物語が始まりました。前半は展開がスピーディーで圧倒されますが、物語が進むにつれて、散りばめられた風刺のエッセンスが浮き彫りになっていきます。
それは、豊かさを享受する一方で、現代の格差社会や、差別問題、人権問題を象徴しているように感じてなりませんでした。メディアによって都合よく書き換えられる正義や、虐げられる種族。権力の座にありながらも何かに支配されている者たちの姿。それらは、富や成長を追い求め、理想郷を築こうとしてきた僕たちの社会が、どこかで置き去りにしてしまった何かを鋭く突いているようでした。
特に印象的だったのは、享楽的な「砂漠のフェス」と、高い壁で隔てられた「雪の世界」の対比です。
何を意味するメタファーなのかは限定できませんが、明らかなギャップが強く印象に残りました。
もちろん、アクションや友情といったエンタメ要素も抜群です。娘はジュディとニックの活躍に大喜びしていましたが、隣に座る僕は、彼らが立ち向かっているものの巨大さに、思わず固唾を呑みました。映画が終わって明るくなった劇場で、満足げな娘の顔を見ながら、僕は少しだけ真剣な気持ちで考えていました。

「理想郷」を追い求めるのをやめた時、本当の豊かさが見えてくる
今回の映画体験は、コントロールされた「ユートピア」を信じ込むのではなく「自分の目で見て体験し、考えること」。それが、メディアや権力に流されずに生きるための処方箋なのかもしれません。
ちょっと奮発したDolby席代以上の、学びときっかけをもらった一日でした。皆さんもぜひ、映画館の大きなスクリーンで、この「可愛いけれど鋭い」世界を体験してみてください。きっと、観終わった後に誰かと語り合いたくなるはずです。
ではまた。



